(短編)愛の言葉のひとつもなかった



 

 

『別れる?』

『…………うん、それでもいいよ』

『そっか。わかった』

 繋いでいた手はごく自然に離れる。

 引き止める言葉は出なかった。涙も出なかった。

 

 

「ええっ!? あんたたち、別れちゃったの!?」

 朝一番に一年付き合った彼氏と別れたことを親友に報告した。本気で驚かれて、その驚きように、逆に私が驚いてしまう。

「なんでなんでっ!」

「こ、声っ、声大きいからっ」

 教室の隅でコソコソと話していたけど、彼女は間にある机から身を乗り出すほどの驚き具合。その目はなんだか少し潤んでいるようにも見える。

「な、なんでと言われましても……」

「嘘だって言いなさいよ!」

 彼女はまるで自分のことのように必死になってくれる。まるで自分のことのように悲しんでくれる。

 そのことに感謝の気持ちは尽きず、溢れてくる。

「……ありがとう。でも、ホントなの」

 付き合うことになったと報告した時、その時もすごくすごく喜んでくれたなぁ。自分のことのように喜んで、泣いてくれた。嬉しかった。

 感謝のなかに、紛れる罪悪感。

「私たち、昨日別れたんだ」

 でもそれが事実だった。私と彼はもうなんでもない。ただのクラスメートで、それ以下でもそれ以上でもない。

 そう言ったら、彼女はまた、辛そうに顔を歪めた。

「昨日だって一昨日だって、その前だって! 仲、良さそうにしてたじゃんっ」

「……うん、喧嘩だって、したことないよ」

 一度だってない。いつだって彼は紳士的な態度で私を気遣ってくれた。優しく優しく、これ以上ないくらいに。

「優しく、してもらったよ」

 毎日教室まで迎えに来てくれて、一緒に帰っていて。昨日もそうだった。別れ話をしようなんて思っていたわけじゃなかった。

 だったらどうして、と彼女は言ったけれど、私はそれ以上なにも答えなかった。言わなかった。……言えなかった。

「ごめん、ね?」

「もうっ! 私に謝ったって!」

 まだなにか言いたげだった彼女は口をつぐんだ。

「もーーーっ、ほら、拭いて!」

 昨夜、家に帰って一人になってからも全然泣けなかったのに。彼女と話していたら今さら泣けてきた。ポロポロと頬を滑り落ちてくるのを、彼女が手に持ったティッシュで拭いてくれる。

「よしよし、」

 担任が教室へ入ってくるまでずっと慰めていてくれた優しい彼女に。あんなに幸せになってね!と言ってくれた彼女に、本当のことなんて言えるわけがない。

 本当は一年間、たったの一度も、愛の言葉のひとつもなかっただなんて。

 いくら気遣ってもらっても、いくら優しくしてもらっても。それは彼女に接しているようではなく、他人に接しているかのようだったなんて。

 

 

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