(短編)お友達から始めましょう



 

 

「そういえばあんた、先輩にチョコレート渡してたよね?」

 隣を歩いていた友達が、弄っていたスマホから顔を上げるや否やのことである。

「えぇー……いったい突然なぁにぃ……」

 わたしとしてはあんまり思い出したくない出来事なんだけど。

 先輩、というのはわたしの所属していた委員会の委員長のことだ。というかぶっちゃけ、先輩が委員長だったからその委員会にしたんだけど!

「で、渡したんでしょ?」

「……まあ、渡しました、よ。バレンタインに」

 先輩は今年で卒業だ。たかが委員会の後輩である私は先輩の連絡先も進学先も知らない。

 正真正銘、これで最後だと思った。

『先輩!』

『あれ、きみは……』

『これ貰ってください! あっ義理じゃないんで! でもお返しとかいらないんでっ!』

 先輩がなにかを言う前に、差し出した包みを強引に渡した。いらない、と言われるのが怖くて、そのまま逃げた。

「……っていう感じ」

「ふーん、」

「ってか急になに?」

「あたしのお兄ちゃん、先輩と同学年じゃん? それでさぁ……あっ、この公園だ。入れ」

「えっ? いたっ! はっ? なに?」

 背中を思いっきり押されて、よろけながらも方向転換。

 すべり台とブランコと、ベンチと砂場。少ない遊具しかないけれど子供たちの遊び場にはちょうどいいその公園には、今も子供たちが走り回っている。自分の背丈の半分くらいしかない子たちの中に混じっている違和感は居心地がいいとは言えない。

「ねえ、ホントになに? あんたのお兄ちゃんがどうしたって?」

「それはもういいからさ、ほら、あそこ」

 指差された方へ視線を移す。

「うぇっ?」

 びっくりしすぎておかしな声が出た。

「こらこら、先輩に向かってうえってなんなんだ」

 彼女の声はとても楽しそうだ。わたしはまた背中を押される。

「や、びっくりして」

「変な驚き方すんな」

 いやいやいやいや、強引に寄らされた近所の公園に先輩がいたらびっくりするわ。

 こちらの驚きは余所に、何故かこんなところに一人でいた先輩もわたしに気付いて、表情が緩む。

「よかった、会えて。学校で探してもよかったんだけど、」

 困った顔で驚かせてごめんね、と謝る先輩のその眉が下がった感じ好き。……いや違うわ。そこじゃない。

「探すって? 先輩が? 誰を?」

「落ち着け。あんたに決まってんでしょ、馬鹿」

「馬鹿って言うな。馬鹿だけれども」

 あ、駄目だこいつって顔しないで。傷つく。

 そんな漫才みたいなことをしている間も、先輩はわたしを見ている。

 ほらっ、と背中を叩かれて、わたしは先輩と向き合う。友達は少し離れたけど、絶対興味津々で観察しているだろう。

「バレンタインのお返しをね、渡したくて」

「えっ、でも、お返しいらないってわたし言いましたよね?」

「うん。でもそれじゃ僕の気が済まないから。……手紙、読んだんだ。ありがとう」

 うぐっ、とわたしは言葉に詰まる。

 手紙は入れた、確かに入れた。委員会でお世話になりましたってお礼と、好きでしたって一言を書いただけの。

 でもあくまで返事はない前提の話だったから書けたことであって!

「きみのことは覚えてる」

「えっ」

「みんなが適当にサボろうとする委員会の仕事を、きみだけが真面目にやってたこと。そんな姿に好感を持っていたんだ」

 そう、だろうか。わたしもだいぶ適当だったと思う。でも、先輩がわたしを知っていたって。しかも悪印象じゃなくて好感を持ってたって。

 言葉を飲み込んで咀嚼して、意味がわかると顔どころか耳にまで熱が走った。

 先輩はまだわたしを見ている。その表情は優しい。

「きみの手紙を読んで、僕はこれっきりにしたくないと思った。もっときみを知りたいなって。……だからよければ、友達から始めませんか?」

 差し出された右手に少し戸惑って、それから小さく、よろしくお願いしますと手を重ねた。

 

 

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