(短編)ひとまずは、さようなら



 

 

「今日で卒業とか嘘よ! うーそーっ! 嘘っ」

「うん、現実だね」

 卒業証書の入った筒を腕に抱え、ブレザーの襟に安全ピンで留めた花の花弁を優しく撫でた。

 この学校は模造花ではなく、生花だ。卒業準備の一貫で、自分たちで作った。なんの花かまでは知らないけど、男子は黄色で、女子はピンクで。

 隣では友人が、嘘だ嘘だと泣き叫んでいる。

「……高校生にもなってその悲しみ方は、どうなの?」

「うるっさああああああああい! 悲しいことは悲しいんだからいいのっ!」

「はいはい」

 最後の最後まで彼女は感情表現が豊かで、最後の最後まで変わらずにいてくれることが嬉しい。でも、四月からは毎日こうやって会うことができなくなることが悲しい。

 私は実家から通う地元の大学へ。彼女は県外には出ないけど少し離れて、一人暮らしをして専門学校へ。今のように、簡単に会うことは叶わない。

 卒業式というのは、いつだって人を複雑な気分にさせる。

「なぁぁんであんたはそんなにさっぱりしてんのよっ!」

「えー、だって私の分もなんか悲しんでくれてるみたいだし?」

 腕に縋り付いてくる彼女に苦笑して見せたところで、誰かが私の名前を呼んだ。思い当たるのは一人しか、いないけど。

「先輩っ」

「……きみは今日も相変わらずだね」

 私を先輩と呼び、慕ってくれる後輩の彼。

 彼は可愛いという言葉がよく似合う。いつも向けてくれるとびきりの笑顔は、見ている者を癒してくれるんだそうだ。クラスメイト談。

 そんな彼も、しかし今日は大きな瞳にうっすら涙を浮かべている。そんなにか。

「俺、俺っ、四月からはもう学校で先輩と会えないなんて考えると寂しいです……っ」

「案外そうでもないかもしれないよ?」

 お金が足りないと、自販機の前で困っていたのを助けてあげたのがかれこれ半年前の話で、それ以来妙に懐かれてしまっている。邪険に扱う理由もないので放っておいていたら、……うん。

「そんなことは絶対ないです! だって俺、先輩のこと大好きですもんっ」

「……相変わらずだね」

 日々、好き好き連呼されるようになった。どうしていいかわからなくて放っておいていたら、……うん。

「せんぱーいっ!」

「う、わっ、こら、抱きつくな!」

 スキンシップが、異常に激しくなった。

 筒を抱えた腕に絡みついてきた彼に制止の声を上げるが、しつこくは言わない。なんだかんだ、人に好かれて悪い気はしない。

「俺、いっぱい連絡します! 絶対に来年、先輩と同じ大学受けますから!」

「連絡してくるのはいいけど、そんなことで進路決めるのはダメ」

「いいんです! 先輩が俺のすべてですから!」

 彼はただまっすぐに、私を射抜く。私はどうしても、それに弱い。

 友人はいつの間にかいなくなっていた。

「……それでも、ちゃんと選んでから決めるんだよ」
「はいっ!」

 嬉しそうに笑う彼を見て、ほんのりと心が温まるのは、きっと気のせいなんかじゃなくて。

「それじゃあね」

 別れを告げる言葉は、暗くない。

 地元にいる私なら、偶然会うことだってあるだろう。連絡だっていっぱいすると言っている。……たまには、自分から連絡するのもいいかもしれない。

「はいっ! 卒業してもたまには遊んでくださいね!」

 本当に同じ大学になるかなんて、わからない。たった半年一緒にいただけの私への気持ちより、彼のやりたいことを優先してほしいと思う。

 だけど、それでも。本当に来年また、同じ学校で会えたならば、私はきっと、嬉しく思うだろう。

 

 

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