(短編)この熱は不運のせいじゃない



 

 

 小さい頃から、ある意味不運だった。

 遠足に、修学旅行、文化祭に、家族旅行に、少しの遠出。楽しみにすればするほど風邪を引いたりお腹を壊したり。軽ければ頭痛、腹痛あたりで済むけど、ひどい時は骨折とか。

 まあどれも参加できないほどじゃなかったから気合いと根性振り絞って参加したけど。そういうのって万全な体調でいたくない?

 気のせいだろって。たまたまだろって。そうは引き下がれないほどに、私は不運だった。

 ある時、友人の一人に「わたし、雨女なんだよねー」って愚痴られたけど、「そっちの方がよっぽどいいじゃない!」なんて言い返して軽い口論になったこともあったなぁ……。思い出して遠い目。

 というかそもそもの話、どうしてこんなことを思い返すことになったかといえば。当然、その不運が再び私を襲っているからに違いない。ええ、現在進行形でね!

「おーい、生きてるかー?」

「……ノックもなしに入ってくるなって言ってるでしょーが!」

「今さらだろ」

「今さらだけど!」

 わかってんじゃん、そう笑う男は私の幼馴染み。不運なことにベッドから起き上がれない私は、ふんっとそっぽを向いて頭まで布団をかぶった。

「んで、成人式を明日に控えて今度は熱出したって?」

「……ご覧の通りよっ」

 そう、明日地元で行われる成人式を控えた前日、今日になって熱を出して寝込んでいる。微熱だったし、夕方になった今ではすっかり下がっているとはいえ、相変わらずの不運っぷり。

 地元の大学に進学した私、――と、ついでにまだ笑ってる失礼な幼馴染みとは違い、地元を離れた人はやっぱり多い。そこに含まれる友人たちに会えるのも、振り袖を着るのも楽しみにしていたらこの様だ! ホント恨めしいこの体質……!

「それで! あんたはいったいなんの用!?」

「ん? そりゃ、不運なお前を笑いに?」

「二度とサボった講義のノート見せてやらないから」

「……それリアルに俺留年の危機なんだけど」

「自業自得よバーカッ!」

 ノートの話になった途端、声がマジになる。私にとっては余裕だった地元の大学も、こいつにとっては受かって奇跡とまで言われたのだ、それもうなずける。じゃあなんでそんなギリギリのとこ受けたんだっていう話だけど、少なくともその理由を私は知らない。

 ――でも、同じ大学になって嬉しかった、なんていうのが密かな本音。デリカシーも気遣いもないけど、本当に困っている時は黙って助けてくれる。彼のそんなところがすごく、好きだ。

 だから本当はこんなボサボサの頭もすっぴんの寝起きの顔も。小さい頃から見られる機会は何度だってあったけど、それでも全部全部見せたくなくて、布団という手近なものに身を隠したわけだけど。

「用がないなら帰ってよ! 今人に見せれるかっこじゃないし!」

「お見舞いに来てやったやさしーい幼馴染み様になんていうことを……。しかもそれ今さらだろ?」

 ……ほら、ね。彼にとって私は幼馴染み以外の何者でもないから。だから、今さらなの。

 私は布団という盾に守られて、少し痛む心のままに顔を歪めた。

「……さっき自分で笑いに来たって言ってたやつがなにを」

「冗談に決まってるだろー。そんな薄情なやつだと思われてるんだ、俺は?」

 思ってないよ、頼りにしてるよ。そんな可愛いげある素直な言葉を言えるような関係じゃない。どうしたって心配されるのがオチだ。

「……もういいから、風邪移る前に帰りなよ」

「お前にしちゃやっけに弱気な台詞だなー」

 ほっとけこの馬鹿。体調悪い時くらい、センチメンタルな気分になっったっていいでしょうが。

 なんて言い返そうか。悩む間に告げられた言葉に、私は思わず彼の方を向いて布団から目だけのぞかせた。

「てか、お前の風邪なら別に貰ってやってもいいけど? 俺はお前ほど成人式にこだわりないし」

 それは息子の成長を喜んでるおばさんが泣くよと思ったのは一瞬、こいつついに頭沸いたのかと本気で考えた。

「頭も沸いてないし、嘘でもないぞ」

「……それこそ嘘でしょ。だいたい、熱も引いて咳もほとんど出てない治りかけの風邪をどうやって、」

「お前が言うなら貰ってやるよ? 口からでも、それ以外の方法でも」

 怪訝そうに深く眉を寄せた私の言葉を聞きながら、彼はベッドの枕元付近の床に膝をついた。そして言葉を重ねてきながら二文目だけはきっちり私の耳元で囁き、かつてないほどの至近距離で驚き見開く私の目をのぞきこんだ。

「知ってた? 俺ね、好きな子はめちゃくちゃ甘やかすタイプなの」

「……そんなの、しらないもん」

「お前が気付かないだけ。他のやつは俺がお前にだけめちゃくちゃ甘いの、知ってるよ?」

 そうして離れていく姿をのぞかせた目だけで追って。その先でかつてないほど愉しそうに、微笑んだ。……それにぞくり、背が震えたのは間違いだと思いたい。

「当人だけはなかなか気付かないし、もうそろそろ俺も我慢の限界」

「っ、は?」

「一切手加減しないから、覚悟してろよ?」

 それだけ言いに来た。彼はそう言うとまだ驚き続行中の私の額にひとつ、キスを落とす。

「え、ちょ……っ、はぁ!?」

「顔赤くなったんじゃね? じゃ、お大事にー」

 ひらひらと手を振って部屋を出ていく幼馴染みの背は何故かいつもより意気揚々としているように見えて。その背を追いかけることもできず、ただ触れられた額を手で押さえた。額から感じる熱は、彼が来る前より上がっている気がする。

 顔が赤いのも熱のせい、もしくは窓から差し込む夕日のせい。

「…………明日成人式出られなかったら、全部あいつのせいにしてやる」

 ただ問題は、あいつの前でどんな顔していいか、わからないこと。

 


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