(短編)震える手は隠したまま、



 

 

「――久しぶり」

 そう言って私の横に腰掛けた彼は、最後に会った時と変わらない。たかが半年で変わることってそう多くはない。

 静かにとつとつと言葉を落とす。そんな話し方をする人だ。大人びているのに、でも笑うと無邪気な子供みたいな印象を受ける。そのギャップが、好きになったきっかけだった。

「……うん、久しぶり。半年ぶりかな、こうやって話すの」

 顔なら、学校で見てる。たまに廊下ですれ違いもする。だけど、決して話さない。目も合わさない。

「そうだな」

 それは噂にまみれた中学時代を送った私たちの暗黙の了解だった。

 噂は、彼が私を好きだというのが始まりだった。学年全体へ大きく広まってしまった分、告白した、付き合った、同じ高校に進学した、等々すべてが筒抜けで。そのことに、お互い疲れていたのだと思う。

 高校でも、同じ中学出身者のおかげで知る人は知っていたけれど、大きく広がることはなかった。

 デートは私の家の近くの公園で。桜の木の下に設置されたベンチに座って、暗くなるまでただ話をするだけ。遊びに出掛けたことはない。

 友達の話に出てくるデートは、映画を観たり、美味しいものを食べたり、ゲームセンターへ行ったり。楽しそうでいいなとは思うけど、だからって彼と話す時間がつまらないと感じたことはなかった。それだけで十分だった。

 でも、ちょっとしたすれ違いで恋人から友達に戻った私たちは、今でも人目があるところで話しかけたり、話しかけられたりすることはない。

「ね、マラソン大会どうだった?」

「ふつう」

「私は去年よりは楽に感じたよー」

「……たしかに」

 ワンテンポ遅れて返ってくる短い返答。慣れているから気にすることはないけれど、彼がなにを思って今日会うことを了承してくれたかということが、気になって仕方ない。

 少なくとも私の方は嫌いで別れたわけじゃなくて、むしろ今でも好きで。まだどうしようもなく好きで。

 今日はバレンタインで、別れて半年くらい。未練がましくチョコレートは用意したけど、受け取ってもらえるなんて思ってなかった。そもそも学校じゃ話しかけられないから、渡すことすらできないし。

 だから当たって砕けろ精神で、学校終わりに会えないかと連絡して、いいよと返ってきたことにとても驚いている。

「マラソン大会終わったかと思えば、次はテストだよ。学生しんどーい」

「勉強してんの?」

「ぼちぼちね」

 何気ない会話が続く。でも本当は焦ってる。

 早く、早くしないと渡せないままになっちゃう。せっかく来てもらったのに。せっかく用意したんだから。

 彼から隠して見えない方、バレンタインの贈り物を持った手が、もうずっと震えてる。

 

 

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